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ネパール カラパタール エベレスト街道Ⅰ23/01/26

山行期間 2022年10月29日~11月20日
メンバー ONG、NSM、MRN、SGM、KWI(OB)、HIN(会員外)、YSZ
山行地域 カラパタール エベレスト街道
山行スタイル 高所トレッキング

 

すっかりご報告が遅くなってしまいました、2022年10月29日~11月20日にネパールへ行ってきました。新型コロナウイルス感染拡大の影響でネパールも入国禁止となっていましたが条件付きで入国が可能になり、OBからお誘いいただき、カラパタールまでのエベレスト街道トレッキングに参加させて頂きました。今後、この山域に行かれる方もいると思います、計画の参考になればと思いますので備忘録を残します。

お話があったのが5月そこから約5か月、スケジュール、手配等の準備をミーティングを重ね計画を進めていきました。海外渡航規制緩和が始まったばかりのため、様々な必要書類や取得方法など、コロナ禍以前とは様子が変わっていることが多くありました。運行航空会社や便数などもまだ少なく、チケット決定が8月になったり、今までの海外準備で一番情報入手の手間や手配に時間がかかった印象です。準備期間も短かったのですが、OBの方のリーダーシップと入念な準備のお陰で無事に出発することができました。事前トレーニングとして富士山山行計画もありましたが、コロナ第7波の時期と重なり、感染を避けるため中止となりました。

今回のメンバーは、豊富な登山実績と海外の高所登山の経験のあるOBの方とそのご友人という大変恵まれた個人海外山行でした。

カラパタール(標高5545m)は、エベレストを間近に眺めることができるネパールトレッキングで最も人気のコースです。今年は雨期が長引いていたのですが直前に明け、滞在中は全日快晴に恵まれました。クーンブ山群の名峰エベレスト、ローツェ、アマダブラム、タムセルクなどの山々が連なる美しい展望を満喫することができました。

10月29日、 22:35 、キャセイ航空でネパールの首都カトマンズのトリブバン空港に到着します。途中、香港で乗り継ぎの待ち時間にラーメンと餃子のセットを食べると、なんと3800円程の支払いとなり円安の影響に一同驚きます‼‼ カトマンズ空港では、現地エージェントとこれからお世話になるガイド2名の出迎えを受け、タメル地区のホテルへと向かいます。

10月30日、この日は前夜、就寝も遅かったこともあり、ゆっくり朝食をとり、明日からのトレッキング装備等の準備日とタメル地区を散策する。レンタルのシュラフを含めた翌日のフライトの預け荷物10kgと手荷物7kg、カトマンズに預けるものに荷分けする。タメルでノースフェイスのダウンズボン(多分、偽物)を3000円ほどで購入する、これが後程、とっても重宝することになる。両替は空港ではなく町中にある両替所で用意する方がレートがよいです。夜は教えてもらった日本食料理店「和なごみ」へ行くと、日本で食べる日本食に近いお味でみんなのお気に入りになりました。お勧めです。ネパールはすでにノーマスクですが、カトマンズ市内は排気ガスが凄いためマスクは必需品でした。

10月31日、現在カトマンズからエベレスト街道の起点であるルクラのテンジン・ヒラリー空港(2845m)へのダイレクトフライトが無くなり、マンタリからのフライトとなっています。昼にカトマンズをバスで出発し、くねくねとした道を峠越えをしながらマンタリへ向かいます。約5時間の移動でした。マンタリ泊。

 

11月1日、マンタリ、ラメチャップ空港を朝6時発のフライト予定でしたが、ルクラの天候が思わしくなく約3時間遅れで出発します。その間、空港に続々とトレッカーがやって来てます。小型の山岳飛行機で約15分で到着です。テンジン・ヒラリー空港は、山の中腹の滑走路が非常に短く、高所の影響もあり「世界で危険な空港」の一つとされているため離発着の際は大変緊張します。まずは無事に着陸しホッとしました。

  

ルクラ(2850m)の小さな商店街を通り、今日の宿泊地パクディン(2610m)へ向かい下って行きます。エベレスト街道は、エベレスト登山の起点となるベースキャンプへの道でもありますが、高地民族の生活道でもあり、トレッカー、重荷を背負い運ぶ人々、ヤクやゾッキョなどが行きかい、大量のヤク達の糞をよけながら歩いていきます。乾燥とヤクの糞や砂埃で喉を傷めないようマスクなどをしながら歩きます。日本から多めに飴を持っていきましたが足らないぐらいでした。日中は日本の10月位の気温で暖かいですが、夜は寒く温度差が大きいため、こまめな衣服の着脱でコントロールすることが大切です。パクディン泊

 

 

11月2日、パクディン~ナムチェ(3440m)この日は標高約830mを登りナムチェへ向かい、ここに2泊し高度順応をします。行動中は大丈夫でしたがロッジに到着したころから後頭部に鈍痛がします。ガイドによるとそれはみんながなる症状なので大丈夫とのこと。朝晩パレスオキスメーターで数値をチェックし体調管理します。。ナムチェは街道中、最も栄えた村で、薬局、カフェ、日用品店、登山用品店など多くのお店があり、不足したものをここで調達することができます。夕食までの時間、みんなで散策します。

 

11月3日、この日は高度順応で「ホテル・エベレスト・ビュー」(3880m)へ行きます。道中には富士山の標高「3776m」と書かれた表示があり、ここから未踏の標高となります。このホテルは、エベレストを眺めながら食事のとれるテラス席があり、欧米人で大変賑わっていました。創建者が日本人であるのは有名ですが、実際に来てみて1970年代にこの標高の素晴らしい場所に建設したことに驚きました。テラスでホットチョコレート飲んで休憩をしました。ナムチェ泊

 

11月4日、ナムチェ~タンボチェ(3860m、-300、+610)へアップダウンを繰り返して進みます。アマダブラム(6812m)、ヌプチェ(7864m)ローツェが現れます。タンボチェには立派な僧院があり安全を祈願しました。ここにはエベレスト冬期登頂後、遭難死した加藤保男の慰霊碑があります。今日はこの辺りのロッジに泊まると思っていたら、私たちのロッジはここから40分下った場所と聞いた時にはまだ歩くのかとガックリでした。夕方からはロッジ内も寒く、個室は2人部屋で暖房はなく冷えます、持参したレンタルの-20度対応のシュラフに防寒着を着て寝ます。どこのロッジもですが暖房は食堂の暖炉一つのみで夕方の5時頃になるまでつきません。宿泊客は個室が寒いため食堂に集まり夕食までお茶を飲んだりと過ごします。この日もロッジに到着したころから鈍痛がし、ついに夕食は半分しか食べれなくなりました。タンボチェ泊

 

11月5日、タンボチェ~ディンボチェ(4410m)この日は標高約550mを登ります。正面にエベレスト、ローチェ、右手にアマダブラムの素晴らしい山々を眺めながら歩きます。本当に連日良い天気で、真っ青な空と山が近く感じます。ディンボチェには、高度順応のため2泊します。ディンボチェからはかなり寒くなると聞いていました通り、朝晩の冷え込みは一段と強く、徐々に環境が厳しくなってきます。部屋は火の気が無いため冬山テントほどかそれ以上の寒さで就寝時は毛糸帽子、ダウン上下などをさらに着こみます。OBより事前に寒さについて聞いていたためダウンの足カバーを持って行っていたのはよかったです。有料で湯たんぽも頼めるようです。食事のメニューは多いのですが、油に気を付けないと下痢などになり体調を壊すこともあるらしく、私は夕食はダルバート(ネパールの定食)を食べるようにしていました、しかし毎回となるとなかなか辛かったです。フリーズドライの日本食を持ってきていましたが、それも食べたいとは思わず、食欲が徐々に低下してきました。

11月6日、メンバーも食欲が低下してきているので、ガイドが朝食に特別におかゆを用意してくれ、持参した塩昆布を入れてみんなで食べました。久しぶりのあっさりしたものが美味しかったです。朝は頭痛がましだったのですが、高度順応に行き戻ってきたころに、頭痛が酷くなり、気分が悪く食欲も無くなり、夕食はスープを飲むのがやっとでした、完全に高度障害の症状です。ダイアモックスを1/2錠服用しました、ガイドから高度を下げるまで毎日、同時間に同量を服用すよう指示がありました。この薬の副作用の利尿効果で夜中に何度もトイレに行きましたが、久しぶりによく寝れ、翌朝は頭痛もなく体調がよくなりました。ガイドからみんなに、就寝中はお互いに同室のメンバーの寝息に異変がないか気を付けてほしいと言われる、この高度になると突然体調が急変し重大な事故になる事があるからだそうです。実際にあった事故の話も聞いて高山病の恐ろしさを実感しました。この標高は高度順応のための1つの壁だそうです。ディンボチェ泊

11月7日、この日は、予定のロブチェ(4910m)まで高度を上げず、途中のトクラ(4590m)までとし、昼食後、ロブジェまでのコースの半分の標高(4710m)まで、高度順応に行きました。ロッジへ戻る途中に日が陰りだすと風が本当に冷たく、一気に体が冷えてきます。夜中は氷点下10~20度ぐらいになっていたでしょうか。トクラ泊

  

11月8日、トクラ~ロブジェ(4910m)、 クーンブ氷河のモレーンを登りロブジェにむかいます。途中の峠には、エベレスト登山で遭難した方たちの無数の慰霊碑がありました。ロッジに到着し昼食をとった後、前の丘へ順応に登りに行くと、遠くに明日行くカラパタールへの登山道が見えました、いよいよ近づいてきました。下山時、ヘリポートで高山病患者と思われるトレッカーが乗りヘリが飛びたっていくのを見かけました。夕食まで外を眺めていると、宿から見えたヌプツェの夕焼けが素晴らしかったです。

11月9日、ロブジェ~ゴラクシェプ(5140m)~カラパタール(5545m)~ゴラクシェプ泊、メンバーの順応も上手くいき、ロブジェから一気にカラパタールへむかうことにします。標高約600mを登ります。

標高5000m台で酸素は地上の約1/2になります。登頂するという強い思いで、皆が一体となって一歩一歩と登っていきます。途中ゴラクシェプのロッジに到着し荷物の一部を置いて、プリモ(7165m)の手前に見えるカラパタールを目指します。

    

そして日本を発って12日目、最後のガレ場を登って、遂にタルチョがはためくカラパタールに登頂します。快晴の中、エベレスト(8850m)、手前にヌプツェ(7864m)、クーンブ氷河を間近に眺めることができました。サウスコル、イエローバンドも見えます。彼方にはアマダブラム、カンテガ、タムセルクと360度の素晴らしい展望です。完登した私たちを見てガイドの目には涙が。。。しかし山頂は20m程の強風と寒さで長くいれない、感慨に浸るまもなく写真を撮ると「降りよ降りよ」と、早々に下山開始です。5~10分ほどの滞在時間でしょうか、寒さには勝てません(笑)。ゴラクシェプのロッジに戻ります。山行中に辛くなっ時に食べようと日本から持ってきていた栗三笠1つを、メンバー、ガイド、シェルパのみんなで分け合い、1人、1.5cmほどの小さな三笠と紅茶で乾杯し、登頂をお祝いしました。ロッジの冷え込みはトイレの床も凍るほど、一段と厳しく、この寒さと乾燥で体調を崩す人が多いようです。